【MotiDD】ダーダルにて

水たまりに、ゴミが落ちている。
泥だらけになった雑多なゴミのなかから、
不意に、後ろから歩いてきた人が、何かを拾って、食べ始めた。

 

リンゴの芯のようなものにも見えたが、わからない。
あんな泥のなかから拾って食べなくちゃならない、空腹。
ショックで、何もできなかった。
チントゥーを抱えて、必死に歩いてしまった。
その貧困から、とにかく少しでも遠くへ、離れたかったのかもしれない。

 

宗教団体や政治団体なのだろう、
貧しい人に食べ物を配っている場面をよく見かける。
外食産業が盛んで、富裕層が多いムンバイでは、
野良犬さえまるまると太っている。
路上の乞食も、裏で大きな組織が動かしている、とまことしやかに言われる。
この街で飢えて死ぬ人はいないだろう、と思っていた。
きっとまったくの、甘っちょろい勘違いだった。

 

死の病が流行る街、人混みのなか乳児を抱いて、
バイキンだらけに違いないその人には近づきたくなかった。
いま冷静に考えても、やはり近づきたくはない。
しかし、逃げてしまっては何もできない。

 

世の中のアンバランスに、いまだ慣れない。

 

 

 

お寺の階段に座り、施しの食べ物を食べる

(Photo by マチュリー、Vajreshwari にて。使わせてもらいました、ありがとう)。

4 Responses

  1. みみ 2009年8月26日 at 10:04 PM | | Reply

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    本当に、ここでは物乞いや貧しい人を目の前にして、何もできない自分を実感する。
    でも、うっかりお金を上げちゃいけないと聞くし、また一人に何かを上げると近くの物乞いが寄ってくるのも怖い。
    子供が嫌がらせに触ってくるのも、どうしても不快感を感じてしまう。
    それに、なにか食べ物を用意したときに限って誰も来ない、無い時に限って子供が寄ってくるのは不運と言うかどうしようもないけど辛いな。

  2. 【MotiDD】 2009年8月27日 at 2:05 AM | | Reply

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    みみさんのチェックがあまりに早く、最近は、一緒に住んでいる Satyanamak がブログの更新に気づくより先に、もうみみさんのコメントが入っている、という状況です。ありがとう。
    貧困から目をそらすことに慣れてしまう自分に気づき、怖ろしくなることもあります。でも、まともに直視していては一歩も前に進めなくなる気がする。世の中の悲惨なことと真っ正面で相対するには、自分が弱すぎる。ともかく、そうして食べ物を持って歩くとか、持っていなければその場で買って手渡すとか、できることをして、飢えと飽食の隙間を地道に埋めていくしかないですね。

  3. 氷屋の寅 2009年8月27日 at 9:13 PM | | Reply

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    やっぱりダーダル行ったんだ。。。
    貧困、忘れかけてた、日本では実感が無い事だから。
    いろいろ思い出すよ。たんきゅう。
    写真も懐かしいね、帰り道ケンカして泣いたね。あの時のおいちゃん、妹、ごめん。
    vajreshwari住民の笑顔、なんか清い街、川の温泉に沈む夕日、黄昏の日々を思い出すよ。
    あぁついに明日からは、放浪旅修行から実践旅修行へ出発です。がんばります。

  4. 【MotiDD】 2009年8月28日 at 1:43 PM | | Reply

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    あんまり懐かしいこと書くなよ~電話しちゃったじゃんか。なんか清い街、ってつたない表現ながら言い得て妙、ホントにそんな感じだったねぇ。旅は続くね。それぞれに。バイクの旅に線路はないから、行き先はわからないね。ひと息ついた時にでも、そっから何が見えるか、わしらにも聞かせてください。よい旅を!!!

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